
UpDate 2012.01.21
サシ489館
かつて485系が全国を走り回っていた頃、どの特急列車も10〜12両編成で
編成の中には食堂車(TD)が組み込まれていました。
しかし、世の中の変化のスピードが国鉄の予想以上に早くなり
食堂車は事実上1985年のダイヤ改正を以て編成から外され
法廷減価償却期間の13年を迎えたものから順次廃車されました。
そして、民間転用されて売却された車両も転用後20年が経過して老朽化が進み
殆どの車両が解体処分となっています。
そんな中、首都圏で唯一サシ489−9を使って食堂を営業していたお店がありました。
ネットを探しても殆ど取り上げられることがない食堂車を紹介したいと思います。
なお、公開にあたり、口頭ではありますが、店主から掲載の許可は得ています事を
最初に記載しておきたいと思います。
場所は茨城県鹿嶋市で、食堂の名前は「エル」でした。

まずは外観です。

食堂車内です

近畿車輛が開発したコンビット窓です

回送運転台もそのまま残されていました

厨房の写真です

厨房の写真 その2です
 
備え付けの脚立にもサシ489−9の番号が…。
これは欲しいと思いましたw
店長さんは昔東海道新幹線開業前に食堂車でコックとして乗っていた事があるらしく
釣りの業界でも有名との話を聞きました。
また料理は凄く美味しいと同時に量も凄く、今だと残してしまうなと思うくらいの量が出ました。
写真を見ていただければ分かる通り
かなり車体が腐食して痛みが来ており、一度専門家に来てもらって補修しようとしたものの
屋根上に登ったら穴が開いてしまうくらい鉄板が薄くなっており、このまま騙し騙し使うしかないと言われたそうです。
この時店長さんは70歳を越えており
「厨房の温度が夏だと40度にもなるので、この老いぼれが先か食堂車が先か」
なんて話を笑いながらしていました。
その後成田空港に撮影に行った帰りには立ち寄りたいなとは思っていましたが
私が最後に行った3ヶ月後の2008年7月に解体されています。
ネットでググればいくらでも写真は出てくるので見ていただければ分かりますが
鹿嶋に来て22年、潮風に当たっていたのもあるのか
(海に近い方の腐食が凄かった)
台枠が折れてる感じです。
もっと早く気がついてれば、もっと成田空港に撮影に行った帰りに立ち寄ったのにと
今でも後悔しています…。
撮影日:2006.11.20

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